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イケメン力士隠岐の海の結婚はまだ?珍しい「不戦勝」も


幕内でも1位、2位を争うほどのイケメン力士といわれている隠岐の海
長身で長い手、胴長という力士としては非常に理想的な体をしています。
しかし、周囲の期待に反して最高位は西小結、大関を狙える大器としては少し寂しいところです。
もう28歳と年齢的にもそれほど若くはないですし、体が動くうちに上を目指してほしいですね。

 

 

隠岐の海関連リンク

隠岐の海の番付情報

幕内下位からの復活なるか

隠岐の海が4連勝

平幕では唯一勝ちっぱなしです

イケメン力士・隠岐の海の写真

男の色気があります

隠岐の島公式ホームページ

隠岐の海の故郷です

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隠岐の海は島根県隠岐郡西郷町(現隠岐の島町)出身乗りk志井です。隠岐の島町は人口1万4500人の小さな町ですが力士の輩出が多い相撲どころです。現在は隠岐の富士、青砥らが隠岐の島出身力士として相撲を取っています。

 

 

隠岐の海は小学生のころから相撲、柔道、バスケットボールなどに取り組むスポーツ万能少年で、
中学に入ってバスケットボール部に所属します。
後攻に入ってからは相撲に専念するようになる、後に同期生となる澤井(豪栄道)と影山(栃煌山)があまりにも強すぎ、彼らと比べると実績でも見劣りすることから、本人は角界へのあこがれはあまり抱いていなかったそうです。

 

 

その後は航海士を目指していましたが集団生活になじめず、
高校の専攻コースを中退したときに高校相撲部の顧問から連絡が入ります。

 

 

その後顧問のつてを経て八角部屋への入門を決意し、島を離れて東京へ。
豪栄道や土地脳算には実績で劣るとはいえやはり実力者であり、番付に乗ってからしばらくは負け越し知らずで地位を上げていきます。幕下で一度やや躓いた時期がありましたが、2009年1月場所に東幕下筆頭で7戦全勝の成績を挙げ十両に昇進。翌場所はいきなり東十両7枚目に置かれます。

 

 

その後一度幕下に下がる者の、十両復帰後は負け越し知らずで幕内に昇進。その後野球賭博にかかわっていたことが発覚し、再び十両に陥落しますが、再起して幕内に復帰。

 

 

2011年1月場所は11勝4敗の成績で敢闘賞を受賞し、幕内に定着します。
その後は大器といわれながら前頭上位でなかなか活躍できない日々が続いていましたが、2013年3月場所に東前頭7枚目の地位で11勝4敗の好成績を上げ、ようやく小結昇進。同年11月場所は再び小結の地位に返り咲くなど、ようやく豊富な素質が開花するかと思われました。

 

 

しかしどうしたことかそこからまさかの5場所連続負け越し。
上を目指すどころか番付は西前頭15枚目まで後退し、十両陥落の危機を迎えます。

 

 

その後は2場所連続勝ち越しで持ち直しますが、まだ本来の主戦場である前頭上位への復帰は果たせていません。

 

 

隠岐の海の長所はなんといってもその豊富な素質です。
北の富士氏が「師匠(元横綱・北勝海)の1/3の稽古で横綱になれる」と断言するほどのあふれ出る才能。

 

 

まずなんといっても体形が力士向きです。
長身で懐が太く、手が長い。それでいて脚は短く重心が低い。
まさに力士になるために生まれてきたような男です。

 

 

体が柔軟で突き押しにのけ反ってもやわらかく残すうまさもあります。
得意手は右四つからの寄りですが、最近は逆の左四つからの攻めを見せることもあるなど、器用な一面もあります。

 

 

弱点は無類の稽古嫌いであること。
北の富士氏は「師匠が行ってきた稽古の3分の1で横綱になれる大器なのに。」とけいこ量の少なさを嘆いています。

これに関しては本人も認めるところであり、新三役会見の際には自ら記者や師匠の前で「稽古は大嫌い。実りのある稽古ならいいけれど、やらされている稽古はやりたくない」と話しています。

 

 

寿司好きゆえに尿酸値が高く、痛風の持病があるのも苦しいところです。
食事なんて引退後は隙に取ることが出来るんですから、
現役のうちは多少節制をしてでも相撲道にまい進してほしいですね。
久々の本格派和製大関誕生が見れる日を楽しみにしております。



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