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ロバートローズが時期DeNAの監督候補に?現在、現役時代の成績は?


シーズン前半戦を首位で折り返したものの、後半戦は投手陣が崩壊し最下位に沈んだ横浜ベイスターズ。中畑監督は辞任に追い込まれました。個人的にはあの戦力ならば最下位もある程度は仕方ないと思うのですが、話題は早くも新監督に移ってきています。そんな中新監督候補として急浮上してきたのが、横浜ベイスターズの黄金期を支えた助っ人外国人選手のロバートローズ氏。果たして彼は現役時代どんな選手だったのでしょうか?

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ロバートローズ選手は1967年生まれの野球選手です。1984年、MLBドラフト5巡目でカリフォルニア・エンゼルスに指名されます。もともとはメジャーリーガーでの活躍も期待されるような逸材だったのですが、交通事故でマイナー降格したことにより監督と口論に。メジャー4年間で試合出場はわずか73試合にとどまり、十分に実力を発揮することはできませんでした。

 

 

1993年に横浜ベイスターズに入団。当初は同時に入団したブラッグスのほうがメジャーでの実績が豊富だったころから、ロバートローズ選手のほうにはあまり注目が集まりませんでしたが、いざシーズンが開幕すると序盤から打ちまくります。横浜ベイスターズの中軸を支える中距離法として活躍し、シーズン終盤まで打点王と首位打者を争います。首位打者こそ逃したものの94打点をマークし堂々の打点王を獲得します。

 

 

1994年は打率3割こそギリギリのところで逃すものの前年とほぼ変わらない活躍を記録。その後も安定して3割を打てる打棒でチームを支えます。長距離砲ではありませんでしたが、1999年には37本塁打を記録するなどパワーも持ち合わせている選手でした。

 

 

横浜ベイスターズが悲願の優勝、そして日本一を果たす1998年には打率.325、19本塁打の成績を残してベストナインを獲得。翌1999年は例年以上のハイペースで序盤から打ちまくり、打率.369、37本塁打という圧倒的な成績を残します。この年に記録した153打点は今もプロ野球記録2位です。

 

 

2000年も打率.332、21本と助っ人外国人選手としては十分すぎる成績を残しますが、あまりにも活躍しすぎたことにより年俸が大高騰。その調整を巡って球団と折り合いがつかず、長年在籍したチームを離れることになります。

 

 

横浜ベイスターズでは在籍8年で167本塁打、打率.325、808打点を記録。2002年シーズンオフに今度は千葉ロッテマリーンズと契約しますが、春季キャンプで結果が残せず、間もなく退団しました。このため、横浜ベイスターズファンにとっては史上最高クラスの助っ人外国人選手、ロッテファンにとっては何をしに来たのかわからない選手という印象を持たれているようです。

 

 

圧倒的な打撃ばかりが注目されがちなロバートローズ選手でしたが、守備も堅実でした。優勝した1998年にはゴールデングラブ賞も獲得しています。現役時代は相手の配球を研究するなど非常に野球に対して熱心であり、横浜ベイスターズ時代には人望が篤かったといわれています。

 

 

アメリカに帰国後はレンジャーズの1Aでコーチを務めていましたが、この時に着けていた背番号23は横浜時代に現役でつけていたもの。いまだにベイスターズの試合結果をチェックするなど、球団に対する思い入れは全く衰えていないようです。

 

 

そしてこのたび中畑監督の退団に従って、いきなり新監督の最有力候補に躍り出たロバートローズ選手。現役時代の成績は十分すぎるほどですが、長いことアメリカ暮らしが続いており、現在の日本や灸事情を肌で感じているわけではないことを危惧する声もあります。その一方で従来の日本や灸の肩にとらわれない発想ができるとして、歓迎する声もちらほら出始めています。

 

 

まだシーズンが終わったばかりで最終的な監督が誰になるのかはわかりませんが、とりあえずは横浜をシーズン終盤までAクラス争いができるチームにしてほしいものです。



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