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元濵錦の春日山親方は一体何で揉めているのか


大相撲の春日山親方が師匠を辞任し、部屋の力士が同じ伊勢ヶ濱一門の追手風部屋に移籍しました。一体春日山部屋で何があったのでしょうか。

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春日山部屋の師匠である春日山親方は1976年生まれの元力士・濵錦です。日本大学時代は田宮(琴光喜)や加藤(高見盛)とともに活躍しており、大学卒業前には九州電力への内定を得ていたものの、彼らの角界入りに刺激を受けて追手風部屋に入門。幕下デビュー後も順調に出世し、入門から8場所で十両に昇進。十両も5場所で突破し、一次は幕内に定着しかけますが、2003年7月に右膝を故障して幕下に陥落します。

 

一旦は十両に再昇進するものの、2004年11月場所に西幕下14枚目の地位で1勝14敗の大敗を喫すると、それから実に6年にわたって三段目と幕下で相撲を取ることになります。それでも2010年頃からは幕下上位でも度々勝ち越し、2011年5月場所は西幕下10枚目で6勝1敗という好成績をあげます。通常、この成績で十両に復帰できることはまず無いのですが、大相撲八百長問題で多くの力士が引退したこともあって、実に39場所ぶりに十両復帰を果たします。再十両昇進後は2場所だけ十両で、その後1年ほど幕下でも相撲を取って引退。年寄・春日山を襲名します。

 

が、引退から約1年後、間借りしている春日山部屋の敷地の賃料未払い問題が発覚します。土地を貸しているのは先代春日山親方の岩永氏(元春日山)であり、岩永氏は未払いを続ける現春日山に対して部屋の看板を外すなどの措置を取ります。これに対して現春日山は岩永氏に対して春日山の証書の引き渡しを求めて提訴します。

 

結局、賃料未払いについては、契約を2015年9月までに解除し、現春日山が岩永氏に対して1740万円の未払い賃料を払うことで決着が付きます。これに伴い、春日山部屋は川崎市内の別の場所に部屋を移転します。

 

一方、2016年8月2日には濱錦が岩永氏に対して年寄名跡の証書引き渡しを求めていた判決が下され、部屋継承の対価として現春日山が岩永氏に対して1億7160万円を支払うように言い渡されました。

 

このようなトラブルが続いたことから、日本相撲協会は臨時理事会において、現春日山に対して春日山部屋の師匠を辞任するように勧告。現春日山はこれまでも9月の秋場所中に1度も部屋に向かわなかったことなどが判明しており、協会から師匠の烙印を押されてしまいます。

 

これに対して現春日山は自認勧告を受諾。同日付で本人と弟子は追手風部屋に移籍となり、春日山部屋は一時消滅となってしまいました。しかし、埼玉県内にある追手風部屋には移籍力士全員を受け入れるスペースがなく、再び先代親方時代の建物に写ることになりました。

 

この騒動に対して、部屋に所属していた幕下以下の力士23人のうち、水口や萬華城を筆頭に11人が辞任勧告撤回を求める嘆願書を協会に提出していましたが、結局その内12人が引退することになりました。



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