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力士の土佐豊がようやく再入幕!幕内復帰できた理由は


一時期は三役目前まで生き乍ら、その後ケガで三段目下位まで番付を落とした土佐豊。
一時期は20代半ばにして引退するのではとささやかれるほどでしたが、
くじけずに番付を地道に戻し、2015年1月場所は3年ぶりに幕内復帰を果たすことになりました。

 

 

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一時期は三段目下位まで落ちました

戦後最低の番付から幕内復帰

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まずは土佐豊の基礎情報を見てみましょう。
番付に載った翌場所、平成19年5月場所は3番相撲で敗れ6勝1敗に終わった土佐豊ですが(この時唯一土をつけたのは元丹蔵の寺下)、
その後7月に序二段、9月に三段目、11月に幕下中位で3場所連続全勝優勝という記録を打ち立てます。
さらに幕下4枚目まで昇進した11場所でも初日から5連勝を達成し、
都合30連勝の記録を打ち立てます。

 

 

これは元小結の板井圭介が持っていた幕下連勝記録の27連勝を大幅に更新します。
その場所は結局残りの2番をいずれも落として5勝2敗に終わりますが、
平成20年1月場所は十両昇進。その場所は負け越して一場所で陥落するものの、
3月場所は幕下筆頭で4勝3敗と勝ち越して再昇進を果たします。

 

 

その後は十両でも安定して勝てるようになり、平成21年7月場所幕内昇進
その後は十両に一度も陥落することなく相撲を取り続けます。
幕下時代に連勝記録を作ったことから将来は大関も期待されていた土佐豊ですが、
自己最高位の東前頭筆頭で迎えた平成23年7月場所、琴欧洲戦で左膝前十字靱帯及び外側側副靱帯損傷の大けがを負い全治三か月、途中休場を余儀なくされます。

 

 

その後は怪我の影響で間もなく十両に陥落、十両でも勝ったり負けたりが続いていましたが、
平成24年7月場所は西十両8枚目で、左膝前十字靱帯及び外側側副靱帯損傷のけがを負い途中休場。
その後は幕下に陥落しますがけがはいっこうに癒えず休場を続けて、西三段目84枚まで番付を下げます。

 

 

ようやく怪我が癒えた平成25年3月場所は西三段目84枚目の地位で久々の復帰で全勝優勝を果たします。
その後も急激なペースで番付を戻していましたが、平成25年9月場所は初日から連敗、おまけに3番相撲でまたしてもけがを負って途中休場に追い込まれてなってしまいます。

 

 

これで完全に心が折れてしまったのではないかと心配する人も多かったですが、
土佐豊はあきらめませんでした。平成25年11月場所は圧倒的な力の差を見せつけ全勝優勝、
その後も勝ち越しをつづけ平成26年5月場所、ついに十両に復帰します。

 

 

強豪ぞろいの十両ではさすがに苦戦しますがそれでもさすがは元前頭筆頭、
安定した右四つからの寄りが戻り平成27年1月場所、ついに幕内復帰を果たします。
後ろには半枚すらない西前頭16枚目ですが、ついに幕内に帰ってきたのです。

 

 

土佐豊が幕内復帰できた一番の理由はやはりモチベーションを維持できたことでしょうね。
もともと実力はあるのですから、怪我が癒えてその実力を発揮できさえすれば幕内まで戻ること時代はそれほど難しくありません。

 

 

しかし、いったん落ちてしまった番付を戻すのには時間がかかります。
幕下以下に落ちてしまえばいくら実績があろうと生活は他の幕下以下の力士と同じ、
関取の特権も高い給与も全部失われてしまいます。

 

 

その生活に耐え忍び、地道に番付を戻していった土佐豊の胆力は称賛されるべきだと思います。

 

 

怪我をした後は危険なうっちゃりに頼る相撲を辞め、正統派の右四つ寄りにシフトチェンジしたのもよかったですね。捕まえて寄る相撲が一番家がしにくいですし、いいことだと思います。

 

 

随分と遠回りした感がありますが、土佐豊自体はまだ28歳。まだまだこれからの年齢、
むしろ俺からが相撲人生の本番といってもいいかもしれません。

 

 

幕内復帰を果たしたことに安堵するのではなく、さらに上を目指していってほしいですね。



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