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北磻磨がついに幕内昇進、史上9位のスロー出世


大相撲力士の北磻磨が2016年7月場所で新入幕を果たしました。初土俵から実に85場所、史上9位のスロー出世であり、今にわかに注目を集めています。

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北磻磨は1986年生まれの大相撲力士です。本名は嶋田聖也、山響部屋所属。兵庫県たつの市出身、身長182cm、体重124kg。血液型はO型。

 

幼少期には柔道をやっていましたが、小学校4年制の時にわんぱく相撲に出場、そこで全国大会に進んだことをきっかけに相撲に転向します。中学進学後は全国都道府県中学生選手権大会への出場を果たすなど活躍、その後は高校進学か入門かで揺れたものの、北の湖親方に「プロを目指すには早い方がいい」と説得されて入門を決意。中学卒業直後の2002年5月場所で初土俵を踏みます。

 

入門後は順調に出世し、2005年年には18歳にして幕下に昇進します。しかしこの辺りから軽量が目立つようになり、しばらく幕下と三段目をしばらく往復することになります。それでも徐々に体重を増やし、2008年ごろから幕下に定着します。

 

幕下定着後も負け越したり勝ち越したりをしばらく繰り返していましたが、2009年11月場所では自身初となる幕下での6勝をマークし、このころから次第に上位でも通用するようになります。

 

2011年はすべての場所を幕下1桁で過ごし、2011年11月場所に東幕下2枚目の地位で4勝3敗と勝ち越し、ようやく新十両を勝ち取ります。晴れて新十両を果たした2012年2月場所は10日目終了時点で3勝7敗と苦しい成績だったものの、終盤5連勝で巻き返した8勝7敗と勝ち越しを決めます。その後もしばらく十両下位に定着していましたが、2012年11月場所に4勝11敗と大敗すると幕下に陥落してしまいます。

 

その後2013年から2014年にかけては、幕下上位では勝ち越すものの十両に復帰すると負け越すという、歯がゆい日々を送ります。十両に定着できそうでできない姿はファンをヤキモキさせましたが、2014年9月場所に8勝7敗と勝ち越すと再び十両に定着。以前と比べれば体も大きくなり、押し負けないようになります。

 

2015年には9月には自身最高位となる東十両2枚目に昇進。勝ち越せば新入幕はほぼ確実でしたが、7勝8敗と惜しくも1点の負け越し。それでも十両上位を常に保ち続け、2016年5月場所は東十両4枚目の地位で9勝6敗と勝ち越し、ようやく新入幕の座を掴みます。初土俵から85場所、史上9位のスロー出世でした。ちなみに、最も出世が遅かったのは元幕内の星岩涛で、115場所かかっています。

 

取り口は?

身長182cm、体重124kgと幕内力士としてはかなり軽量な北磻磨ですが、相手から逃げない真っ向勝負を心情としています。これくらいの体型の力士がよく見せる変化もほとんどしません。得意ては突き・押しですが、相手の懐の中に入って二本差す相撲もしばしば見られます。決まり手は押し出しが164と圧倒的に多く、ついで寄り切り(46)、突き落とし(37)となっています。

 

相撲対しても非常に熱心であり、角界有数の稽古量を誇ることとでも知られています。師匠の山響親方(元幕内・が厳雄)は仙台の北の湖親方から「北磻磨に無理させるな」とたびたび言われるほどだったとか。私生活も地味で、趣味などもなく、酒もあまり好まず、気分転換は部屋の力士と食事に出かけることぐらいなのだとか。相撲に真摯に向き合っているだけに、これからの活躍が期待されます。

 

弟も力士?

兄弟で力士になった人たちといえば、1990年台の大相撲ブームを支えた若乃花・貴乃花や、そのちょっと前の逆鉾・寺尾を思い浮かべる方が多いかと思いますが、北磻磨の弟も力士です。所属部屋北磻磨と同じ山響部屋、身長168cm、体重91kgと兄と比べてかなり小柄です。現在の番付は序二段とまだ目が出ていないようなので、これからの活躍を期待したいですね。



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