スポンサードリンク

十両の明瀬山はだらしない?ナナメ仕切りの極意とは?


大相撲力士の明瀬山ネタ力士の少ない昨今においては貴重な面白力士です。
実力的には十両と幕下を往復しており、十分とは言えないのですが、
その数々の独特な行動から相撲ファンの間での知名度は十分すぎるほど高いです。

 

 

明瀬山関連リンク

生涯成績

十両下位からなかなか上がれません

今別府直之と似ている?

個性派芸人です

明瀬山アンサイクロペディア

ひどい言われ様です

明瀬山はいつ幕内に行けるのか

今のままでは難しいですね

スポンサードリンク

今から10年以上前の話ですが、十両に柳川増健)という力士がいました。
1995年に学生横綱のタイトルを獲得し、1996年1月に幕下付出でデビューします。

 

 

当初の期待はかなり大きく、その期待に応えるように初土俵から2年で十両に昇進します。新十両の場所も9勝6敗と勝ち越したのですが翌場所は4勝11敗と大敗し幕下に陥落します。

 

 

その後もたまに十両に復帰すること張ったのですが、
体重過多により動きにキレがなくなってきたこと、受け身に回りやすい取り口もあって2004年3月場所を最後に十両からは遠ざかります。

 

 

結局最後の最後まで十両に復帰することはかなわず、2011年1月場所を持って引退しました。

 

 

この柳川という力士、かなりネタ成分が強い力士として有名でした。
力士は通常太っていながらも筋肉質な体型をしているのですが、
柳川は珍しくだらしない太り方をしていることで有名でした。

 

 

土俵上での振る舞いも変わっており、2003年7月4日の北桜戦ではつき膝で敗退。
さらには個2006年5月20日の琴冠佑戦では勇み足で敗れるなど、
決まり手によらない敗北を複数経験します。

 

 

その他にも審判に土俵の砂をかけたり、無気力相撲で注意されたりと何かと変わった力士でした。

 

 

その唯一無二のキャラクターから、リアルでの知名度の低さとは対照的にネット上では「ネ申」と呼ばれて親しまれていたのですが、明瀬山はネット上ではそんな柳川のを継ぐ力士といわれています。

 

 

柳川と違い幕下付出の資格は得られなかったため前相撲からのデビューとなりました。
序の口、序二段で全勝優勝し、三段目も1場所で通過するなどその実力には問題がなかったのですが、幕下に昇進し知名度が上がってくると、その体型が目立つようになります。

 

 

普通幕下力士ともなれば関取に近いほどの筋肉質な体型になるものですが、
明瀬山の場合は乳がだらしなく垂れ下がっており、とても幕下力士には見えなかったのです。

 

 

腹も重力に負けて垂れ下がっており力士というよりはただの太った人だったのですが、
そんな見た目とは対照的に動きは非常に俊敏で、
体格を生かした押し相撲でデビューから約3年で十両に昇進しました。

 

 

十両昇進後はなかなか十両で通じず、幕下との往復を送り返しています。
この幕下では通用するが十両では通じないあたりも、先代の「ネ申」である柳川と似ています。最高位は柳川が十両6枚目であるのに対して明瀬山が十両7枚目でほぼ一緒です。

 

 

一方、柳川にはなかった独自点としては、その特徴的な立ち合いが上げられます。
普通仕切りの際には両足を仕切り線に対して平行にそろえるものですが、
明瀬山の場合は仕切りの際に右足を大きく引いて構えます

 

 

この片方の足を大きく引いてナナメに仕切るというのは、
かつての大関貴ノ浪が大の苦手にしていた曙を相手にしたときにも見せたものです。
おそらくナナメニしきることにより、相手の突きの勢いを殺したかったのでしょう。
この一番で貴ノ浪は立ち足から押し込まれるものの、
土俵際で右四つに組むと回り込みながら河津掛けを放ち、逆転勝利を収めます。

 

 

明瀬山にも同様の狙いがあるものと思われますが、
彼の場合は相手が誰であろうとお構いなしにこの仕切りを見せていました。
最近はこの仕切りを見せることもめっきり少なくなってしまいましたが、
過去の取り組みの動画ではしっかりと右足を後ろ側に引いています。

 

 

詳細はyoutubeなどでご確認ください。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。
↓の共有ボタンをどうか押して下さい!!(土下座)
にほんブログ村 芸能ブログ 芸能熱愛・破局情報へ


スポンサードリンク

コメントを残す