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大相撲力士の吐合ってどんな人?


十両経験がない力士の中ではおそらくもっとも有名であろう力士の一人に吐合という人がいます。実力十分ながらもなかなか十両に昇進することができず、気が付けば今年で32歳。

 

もう年齢的にも上位を望むことはまず不可能ですし、そろそろ気力的にも引退は近いとみられています。一体なぜ彼はあれほどの実力を持ちながら、十両に上がることが出来なかったのでしょうか。

 

 

吐合関連リンク

吐合の個人成績

一時期は十両が見えたこともありました

吐合は「新・地獄を見た男」

前相撲経験者です

吐合という苗字の珍しさについて

日本で大体500人ぐらいしかいないそうです

吐合データ

まだあきらめていません

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吐合はもともとは相撲エリートでした。松山市出身で道後中学から強豪の高岡向陵高校に進学し、
近畿大学進学後も高い実力に見合った活躍を続けます。
大学4年時には全国学生相撲選手権大会で優勝を果たし、学生横綱となり幕下付出の資格を得ます。

 

 

が、その後に開催された全日本相撲選手権大会では当時まだ高校生だった澤井(豪栄道)に連敗するなど、不安の残る相撲を取ります。もともと身長174cm、体重120kgと力士としてはかなり小柄だったため、スピード相撲がいったん受け止められてしまうとどうしようもないという弱点を抱えていました。

 

 

不安が残りながらも幕下付け出しで各界入りした吐合。
最初の場所は4勝3敗と勝ち越し、翌場所も4勝3敗と勝ち越し。ここまではまずまず順調でした。
しかし西幕下5枚目、成績次第では新十両もあり得る地位で迎えた入門3場所目は初日から全くいいところなく6連敗。

 

 

千秋楽に同じく6連敗だった北勝嵐を破って何とか全敗は免れますが、
まだ十両の実力がないことが如実になってしまいました。
入門4場所目は東幕下25枚目の地位で1勝2敗、4番相撲で負傷して人生初の休場となります。

 

 

その後もなかなか怪我は癒えずに3場所連続全休で番付は急降下し、
久々の復帰を果たした時には東序二段49枚目まで下がっていました。
さすがにその地位では3連勝と好調だったのすが、4番相撲でまたも負傷し途中休場。
その後も休場を繰り返し、幕下付け出し力士としては初の番付外陥落を経験します。

 

 

その後師匠に引退を申し出るものの、少しだけ様子を見ようと諭されて現役続行を決意。
再び序の口に番付が乗った場所は本調子とは程遠いながらも5勝2敗の成績を挙げます。
翌場所は序二段で7戦全勝、優勝決定戦で旭秀鵬に敗れるものの復活を印象付けます。

 

 

それから3場所後には西三段目29枚目の地位でまたしても7戦全勝、
緒方(肥後ノ城)に敗れてまたしても各段優勝は逃しますが、
翌場所はついに幕下に復帰します。

 

 

その後は幕内中位での相撲が続いていましたが、平成22年あたりから十両昇進が狙える幕下15枚目圏内にちょこちょこ顔を出すようになります。

 

 

平成24年1月場所は西幕下11枚目の地位で11日目終了時点で6戦全勝の成績を挙げて7番相撲を残すのみとなりました。この相撲で勝ち越せば、ついに十両昇進です。

 

 

7番相撲の相手は過去に幕内経験もある里山。
吐合と同じく小兵で動き回るタイプの力士で、当時すでに既婚者でした。
その場所の里山の成績は東幕下筆頭で3勝3敗。こちらもこの一番に勝てば十両昇進が決まる、互いに負けられない一番です。

 

 

吐合と里山、意地と意地の戦いは里山が勝利。
吐合はすんでのところまで来ていた十両昇進をするりと逃してしまいます。

 

 

それでも平成24年3月場所の成績は自己最高となる東幕下2枚目。
勝ち越せば十両昇進が狙える地位です。

 

 

初日は若乃島を送り出しで破り好調な発進。
しかしその後は里山、東龍と連続で敗れ、北園(北磻磨)戦で負傷。
会えなく休場となってしまいます。

 

 

その後は気力と体力の衰えからか幕下上位でも満足な相撲が取れなくなり、
平成27年1月場所は久々に三段目に陥落してしまいました。
幕下付け出しで堂々デビューしたエリートがあがきもがき苦しむ姿を、
一体いつまで見ていればいいのか。その答えは吐合にしかわからなそうです。



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