スポンサードリンク

巨人に移籍した金城龍彦の応援歌は?


長らく横浜ベイスターズ活躍していた金城龍彦選手。
プロ入り2年目の2000年には打率.346を記録して首位打者を獲得するなど、活躍しています。
その後は成績のいい都市と悪い年が混在していてなかなか安定しませんでしたが、
横浜ベイスターズ低迷期にもチームを離れずに活躍した功労者です。

 

 

長らく一つのチームで頑張っていた金城選手ですが、
2014年12月8日には読売巨人軍に移籍。新天地で第二の野球人生を歩み始めます。

 

 

金城龍彦さん関連リンク

金城龍彦公式サイト

現役も晩年です

金城龍彦生涯成績

毎年の成績に波があります

金城龍彦 公式プロフィール

いろいろと変わった記録を持っています

金城龍彦 対談時のコメント

長年応援していた選手が出ていくのは悲しいですね

スポンサードリンク

金城選手は近鉄バファローズの選手・金城晃世の三男として生まれました。
中学卒業後は近大付高に進学し、2年時には当時最強といわれていたPL学園を大阪地区予選決勝で倒して甲子園に出場します。

 

 

1998年にはドラフト5位指名され、プロ入りと同時に野手に転向します。
2000年には槙原から本塁打を放つなど開眼し、一時期は打率が4割を超えるなど打ちまくります。

 

 

最終的な打撃成績は打率.346、本塁打3本。プロ入り3年目で首位打者&新人王を獲得します。

 

 

このころは横浜ベイスターズも2000年の優勝の余韻があったためまだそれなりに強く、
ここに金城選手が加わったため将来はもっと強いチームになるぞと思っていたものですが……。あのころはよかったですね、三浦大輔、斎藤隆、野村弘樹、ローズ、石井琢朗、谷繁元信……何もかもが懐かしい……

 

 

まあ、その後の横浜ベイスターズは主力選手が次々と抜けて暗黒期に突入していくわけですが……。

 

 

でも当時は本当に常勝球団になるんじゃないかって雰囲気がわずかながらあったんですよ。
金城選手はスイッチヒッターで芸も広かったですしね。

 

 

しかし金城選手、翌年は他球団のマークが厳しくなり、打率.271と大きく下げます。
翌年はさらに不振を極めて打率は.170にまで低下。かつての栄光を大きく失ってしまいます。
翌年は復活して.302を記録。課題だった長打力も大きく強化されて、自己最高となる16本塁打を放ちます。

 

 

翌年以降も数年はコンスタントに成績を残し、.300前後の打率と15本前後の本塁打で低迷期に入った横浜ベイスターズを支えます。しかし、その後は次第に1年活躍したあと1年不振が続く、いわゆる隔年選手になってしまいます。打率は.324.268.284.247.282.208.272.238→.291と上がったり下がったり。

 

 

2014年にはほとんど出場機会も与えられず打率も.200止まり。
海外FA権を行使し、読売巨人軍に入団することが決まりました。

 

 

しかし、客観的に見た場合巨人軍で活躍していくのは難しいでしょう。
巨人は横浜と比べると選手層が厚く、横浜でレギュラーを取れなかった金城選手にと取ってはかなり厳しい環境といえます。

 

 

高橋や亀井、大田、鈴木、長野といった有力なレギュラー候補がたくさんいるので、
レギュラーを勝ち取るのはかなり厳しいでしょう。ただし打撃面に限って言えばまだまだ衰えていないですし、持ち直す可能性は十分にあるので代打起用ならば活躍できるかもしれません。

 

 

しかし、金城選手は何を思って巨人軍に移籍したのでしょうかね。
横浜ベイスターズの方が少なくともレギュラー争いだけに関していえば楽ですし、
長年いたチームなのですからそれなりに愛情もあったのでしょうに。

 

 

それとも金城選手も他の選手のように横浜を出る喜びを感じてしまったのでしょうか。
最近はようやくどん底を脱出し、どうにか最下位を避けるぐらいの力はついてきていますが、
チームの功労者が簡単に出ていくような環境を改善しない限りは、
かつての栄光を取り戻すのは難しいでしょうね。

 

 

私は横浜市民なのでもうちょっと頑張ってほしいと思うのですが……。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。
↓の共有ボタンをどうか押して下さい!!(土下座)
にほんブログ村 芸能ブログ 芸能熱愛・破局情報へ


スポンサードリンク

コメントを残す