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把瑠都が引退した理由は?現在は何をしている?


圧倒的な体格とそれに裏打ちされるパワーを武器に活躍した元大関の把瑠都。度重なる怪我が重なり残念ながら横綱昇進はあと一歩のところで果たせませんでしたが、現在は格闘家、及びタレントとして活動しています。そんな把瑠都が最近、家を買おうとしているらしいのですが……。

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把瑠都は1984年生まれの元力士、格闘家です。身長198cm、体重190kg。エストニア出身、最高費は東大関。

 

もともとは柔道をやっていましたが、12歳から相撲を始めます。20歳で単身日本に渡り、横綱を目指す下積みの日々が始まります。その圧倒的な体格とパワーを武器に初土俵から目覚ましい活躍を見せ、初土俵の場所は序ノ口、次の場所は序二段で全勝優勝を果たします。

 

3場所目となった平成16年11月場所は後に幕内に昇進する木村山に敗れて連勝記録は17で止まったものの園が場所も5勝2はいと勝ち越し、その後も安定して白星を積み重ね、負け越しを知らないまま十両に昇進します。十両2場所目の平成17年11月場所は急性虫垂炎で人生初の休場を喫しましたが、その後は再び復調。平成18年3月場所は史上4人目となる十両での全勝優勝を記録し、その素質の高さの片鱗を見せます。

 

その後も順調に番付を上げ、平成18年9月場所は事故最高位となる東前頭筆頭まで番付を上げましたが、この場所は途中休場。この辺りから強引な取り口による怪我がしばしば見られるようになり、休場が多くなります。それでも次第に復調し、平成20年後半から三役に定着。平成22年3月場所は東関脇で14勝1敗という好成績を上げ、大関に昇進します。

 

大関昇進後はしばらく8勝~11勝程度の小幅な勝ち越しに終止していましたが、平成24年1月場所は初日から14連勝と絶好調。千秋楽で白鵬に敗れて全勝優勝とはならなかったものの、自身初となる幕内優勝を達成します。

 

しかしよく場所以降は再び成績が下降、平成24年9月場所に右足の怪我が悪化すると自身初のカド番を経験、その翌場所も途中休場となり大関在位15場所での陥落が決定してしまいます。大関陥落後も本来の輝きは取り戻せず、平成25年5月場所7日目の稀勢の里戦で寄り倒しで敗れた際、古傷の左膝をまた痛めて途中休場。その後は一度も土俵に上がること無く、平成25年9月場所を持って現役を引退します。

 

引退後は角界には残らず実業家に転身。エストニアで旅行業などを展開しているほか、2016年1月からはオフィス北野に所属しタレントとしても活動しています。

 

2015年には格闘家への転向を発表。2000年台のスターであるピーターアーツと総合格闘技で対戦し、テイクダウンとパウンドを駆使して3-0の判定勝ちを収めます。

 

力士時代は非常に恵まれた体格と左四つからの力強いより、多少強引でも見事に決まる投げで鳴らしていました。元横綱の九重親方に「相撲の概念が変わる」とまで言わしめたほどで、不利な体勢からの逆転もしばしば見せていました。

 

その一方で強引すぎる取り口であるがゆえに怪我が多く、現役後半は下半身の怪我との戦いでした。それでも大関時代の通算勝率.658は史上1位(現役大関を除く)であり、大関としても強かったことは間違いありません。

 

私生活では以外にもインテリであり、語学に堪能エストニア語、でドイツ語、ロシア語、英語、フランス語、そして日本語を話すことができます。趣味は読書で、現役時代はエストニア語の本をよく読んでいました。一方で注射が苦手といった一面もあります。

 

私生活では2009年に2歳年上のロシア人女性と結婚しています。その女性がこちらの方です。

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一見普通の写真に見えますが、把瑠都が198cmあることを考えると奥さんも相当な高身長なのでしょうね。出会いのきっかけは両国にあるロシア料理店で、そこの経営者が現在の奥さんなのだとか。現在はエストニアと日本の2国で活動しており、日本の活動拠点として家を買う計画もあるそうです。その様子は有吉ゼミ*坂上不動産で放送されますので、気になる方はチェックしてみてください。



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