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曙太郎の現在は死亡?嫁はどんな人?


元横綱の曙太郎。若い人にとってはK-1のリングでいろいろな人に凹られまくっていただけの只のでかい人というイメージがあるかもしれませんが、力士時代は貴乃花としのぎを削った名横綱でした。

長身で腰高なためあっさりと転がされることもありましたが、型にはまった時の強さは歴代横綱の中でもトップクラスでした。優勝回数は外国人力士の中では第4位となる11回、3連覇も記録したことがある名力士です。そんな曙の死亡説がなぜか流れていることをご存知でしたか?

曙太郎関連リンク

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もちろん存命です

生涯成績

最後まで横綱でした

曙公式サイト

プロレス参戦中

曙の人生

昔は強かった

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曙はハワイ出身の元大相撲力士、元格闘家、現在はプロレスラーです。
日本人以外では初となる横綱で、2mを超える長身から繰り出される突き押しを武器に活躍しました。
同期には貴乃花、若乃花、魁皇らがいます。初土俵からわずか2年余りで負け越し知らずのまま十両に昇進、
十両もわずか3場所で通過するなど格の違いを見せつけて幕内に昇進します。

 

 

幕内昇進後も順調に活躍し、平成4年5月場所に西関脇の地位で13勝2敗の成績を上げ初優勝を果たします。
大関在位期間はわずか4場所、横綱に昇進してからは3場所連続で優勝を果たすなど、期待にそぐわない活躍を見せます。
しかし、その後は長きにわたり低迷します。貴乃花、若乃花、貴ノ浪ら二子山部屋の力士はお互いに対戦が組まれないのに対して、曙は毎場所彼らと戦わなければいけないという大きなを抱えていました。
加えて横綱昇進後はたびたびひざのけがにも悩まされ、なかなか優勝できない日々が続きました。

 

 

それでも2000年は一度も休場することなく土俵を務め、1993年以来となる複数回優勝を達成。
しかし、この時曙の膝はすでに限界を迎えていました。2001年1月場所を休場すると、3月場所前に引退。
当時の外国人出身力士では最多となる幕内優勝11回、ハワイ勢としては史上2位の記録です。

 

 

曙の強さはなんといってもその破壊力抜群の突き押しにありました。
204cmという長身と長い手から繰り出される突き押しは破壊力抜群の一言で、
大関から横綱に駆け上がった時代のそれは破壊力抜群でした。

 

 

一方で横綱に昇進して以降は、安定感を増すため四つ相撲にも取り組みました。
もともと大きいだけにがっぷり四つになればかなり強く、右四つの方には迫力がありました。

 

 

一方で足が細長く、上半身が大きいというアンバランスな体形をしていたため、腰が浮いたまま負けることも少なくありませんでした。横綱昇進以降は体重過多にも悩まされるようになり、足がなかなか出ずあっさりとはたきに堕ちる場面もありました。それでもはまった時の強さは横綱の名にふさわしいものでした。

 

 

最亜大のライバルであった貴乃花とは21勝21敗と互角の戦いを繰り広げています。
また、若乃花とも18勝17敗とほぼ互角の対戦成績を残しています。
ハワイの後輩である武蔵丸に対しても22勝16敗、小錦には9勝8敗とそれぞれ勝ち越しています。

 

 

平幕力士の中では貴闘力を大の苦手としており、張り手やはたきに翻弄されることがしばしばありました。
一方で水戸泉に対しては11勝と圧倒しています。

 

 

現役引退後は総合格闘技の道を選びましたが、ここでは目立った成績を残せずプロレスに転向。
プロレス界では話題性を武器に活躍しています。
そんな曙ですが、現在なぜか死亡説が流れています。

 

 

元参議院議員の大仁田敦とのデスマッチを終えた直後、曙は実は緊急搬送されていました。
テレビなどでは単なる急性肺炎として報道されましたが、実は心不全でした。
体に水がたまりかなり危なかったようです。

 

 

曙はもともと200Kgを超える巨体でしたが、引退後も痩せることはありませんでした。
あまりに大きすぎる体は心臓にも知らず知らずのうちに負担を与えていたみたいですね。
これを機に節制してほしいものです。



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