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朝赤龍と時天空の関係性は?朝青龍と性格は反対?


朝青龍と同じ部屋に所属していた朝赤龍。朝青龍の引退に伴い名実ともに高砂部屋唯一の関取となってしまいました。朝青龍ほど派手な成績を上げているわけでもなく、言動も地味なのであまり注目されないですが、温厚な性格であり慕われているともっぱら評判です。最近は腰痛と加齢による衰えからもっぱら十両が主戦場になっていますが、もう一度幕内復帰を目指して頑張ってほしいものです。

 

 

朝赤龍関連リンク

朝青龍と呼び間違えられる

ありがちですね

朝赤龍生涯成績

ここ数年は十両生活

元幕内山本山、朝赤龍との八百長明かす

本当なんでしょうか

朝赤龍と朝青龍は兄弟?

ではありません

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朝赤龍は1981年生まれの大相撲力士です。高砂部屋所属、最高位は西関脇。
モンゴル相撲の小結の父親を持つ相撲エリートであり、幼少期には競馬大会に出場していました。足腰の強さはこの競馬体験に由来しているとか。
その後朝青龍とともに来日、明徳義塾高校に入学します。高校卒業後は朝青龍と同じ若松部屋(当時)に入門し、初土俵を踏みました。

 

 

初土俵から順調に出世し、わずか5場所で幕下昇進。幕下でも順調に勝ち越しを重ね、初土俵から約2年半で十両に昇進します。朝青龍ほど出世が速くなかったためそれほど注目はされませんでしたが、本来はこれでも十分早い出世です。十両も順調に4場所で通過し幕内昇進。新入幕後は勝ち越しと負け越しを繰り返していましたが、2004年には初日から12連勝を記録し、一時的に優勝争いのトップタイに立ちます。

 

 

結局朝青龍が15戦全勝を記録したため幕内優勝は成りませんでしたが、それでも13勝2敗の好成績を残し自身初となる三賞(技能賞と殊勲賞)を受賞します。その後は再び一進一退の土俵が続きますが、2006年5月場所は東前頭2枚目の地位で10勝5敗を記録し、自身初となる敢闘賞を受賞。翌場所は新三役(西小結)に昇進します。

 

 

2007年7月場所は西前頭筆頭の地位で8勝7敗と勝ち越し、翌場所は新関脇の地位を獲得します。
新関脇の場所でも8勝7敗と勝ち越し、大関とりに向けての足固めを行いたいところでしたが、翌場所は3勝12敗と大敗。その後はたまに小結に昇進することはあるものの、なかなか上位では勝ち越せない場所が続きました。

 

 

その後は持病の腰痛の慢性化などもあり次第に幕内下位が主戦場となります。それでも何とか十両に落ちない地位で粘っていましたが、2012年5月場所は東前頭14枚目の地位で6勝9敗と負け越し、翌場所は約8年ぶりに十両に陥落します。ここはひと場所ですぐに復帰しますが、再びすぐに十両陥落。2013年以降は十両からなかなか抜け出せない日々が続いていますが、ここのところは少しだけですが復調傾向にあるようです。

 

 

気性が荒く好き嫌いが分かれる朝青龍と違い、朝赤龍は温和な性格で評判が高いです。
外国人力士にありがちなトラブルも起こすことなく、ひたむきに相撲に取り組む姿勢はモンゴル人力士の後輩のいい手本となっています。幕内在位約50場所、関脇まで昇進するなど実力も十分です。

 

 

取り口は基本的には左四つですが、右四つでも十分に取れます。技能相撲で派手さはないですが、左でも右でも前みつを取ると力強さを発揮します。出し投げや足癖などをたまに見せることもあります。

 

 

私生活では2012年にモンゴル人女性と入籍。2013年10月には第二子が誕生していますが、成績が低迷しているため挙式はまだ行っていません。本人曰く「幕内に復帰したら上げたい」とのことです。

 

 

ちなみに、朝赤龍が所属する高砂部屋は135年間一度も関取が絶えたことのない部屋です。
しかし現在の関取は朝赤龍のみであり、彼が陥落すると関取が途絶えることになります。
最近は幕下の朝弁慶が十両昇進間近まで番付を上げてきていますが、朝赤龍が衰える前に何とか十両昇進を果たしてほしいものですね。



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