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朝青龍・把瑠都・阿覧・栃乃若・黒海・旭鷲山……彼らの今現在は?


海の向こうから単身角界に飛び込んできた猛者たち。
彼らの中には日本で目覚ましい活躍を果たし、引退後も協会に残って後進の指導に当たる人も居ます。一方で引退後は角界から離れ、第二の人生を歩む人も少なくありません。
今回は角界を離れた外国人力士たちの今を追っていきたいと思います。

 

 

引退外国人力士関連リンク

朝青龍のツイッター

引退後を満喫しています

師匠にはいい子だった露鵬と白露山

悲しいなあ

曙公式ウェブサイト

現在はプロレスラー

協会を去った高見山

外国人力士のパイオニア

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朝青龍
優勝25回、押しも押されもしない名横綱です。
引退の仕方は大横綱にとっては若干寂しいものとなりましたが、現役引退後はいきなりモンゴル政府代表団に同行して北朝鮮を訪問するという奇行に出ています。
その後2011年5月には東日本大震災で被災した宮城県南三陸街を訪問し、
Tシャツやバスタオルを配ります。サインにも快く応じていました。

 

 

その後はウランバートル市内で飲酒運転で自損事故を起こしたり、
口論を起こし、相手を刃物で刺したと報道されたり(実際にはデマでしたが)と、
いろいろとトラブルも起こしています。現在は角界とも比較的懇意にしており、
角界に対していろいろな苦言を投げかけることもあります。

 

 

現在はツイッターもやられています。フォロワー数は約10万人です。

 

 

把瑠都
朝青龍や白鵬と同時期に活躍したエストニアの怪人。
当時は琴欧洲に次ぐ198cmの長身、腕力だけなら角界NO1でした。
最高位は大関、優勝経験もあり(1回)力士としては大成した部類ですが、
素質を考えると若干期待外れに終わった感もある力士です。
何しろ相撲が強引すぎるゆえのけがが多かったのが残念です。

 

 

引退後はもとより角界に残るつもりはなかったそうで、現在は地元のエストニアでで旅行業や自動車整備会社、宿泊ロッジなどを展開しています。
角界の先輩である曙からプロレス天候の誘いを受けており、
本人もまだ若いことから今後リングに上ることがあるかもしれません。

 

 

阿覧
ロシア出身の力士。最高位は関脇。
ロシア人力士の中では最も最高位が高い力士であり、敢闘賞も2度受賞するなど活躍しました。
取り口は非常にダーティーで荒々しい突きや張り手、さらには強引な引き技も辞さず、土俵ではふてぶてしい態度を取っていた典型的なヒールレスラーです。

 

 

一方で左ほおの内側部分に3cmほどの悪性腫瘍が見つかり治療を受けるなど苦労もしています。
引退後は何をしているかわかりませんが、相撲関連の仕事は全くしていないようです。

 

栃乃若
在日韓国人であり、厳密には海の向こうからわたってきたわけではありません。
190cmを優に超える身長と稽古熱心さで瞬く間に番付を駆け上がり、将来を期待されましたが、
心優しい性格が勝負に向かなかったのか幕内昇進後は低迷。

 

 

大関を期待された大器は、わずか7年で土俵を去りました。
引退時はまだ26歳、肉体的にはまだ若く、相撲に対する熱意の薄れが直接的な引退の原因です。

 

 

引退後はまだ決めかねているようですが、引退会見では「ここで学んだことを、次の世界で生かしたいと思います」とあいさつしています。

 

 

黒海

グルジア出身力士のパイオニア的存在です。
徹底した馬力相撲で期待されており、出世は早かったのですが、
単純なパワー相撲は上位にはなかなか通じず、レスリング経験者特有の引き技に頼る悪癖も最後まで消えず最高位は小結止まり。
それでも幕内在位45場所、敢闘賞2回、金星2個は堂々たる成績です。

 

 

現在はグルジアに帰国し、アマチュア相撲の指導員をする傍ら、日本食レストランの経営も行っています。

 

 

旭鷲山

旭天鵬と並ぶモンゴル色紙のパイオニア。
今のモンゴル出身力士旋風の礎を作った人です。
本格派四つ相撲の旭天鵬とは対照的に、飛んだり跳ねたりの変幻相撲で、技のデパートモンゴル支店の愛称がありました。

 

 

現役末期には朝青龍といざこざを重ねるなど問題行動も目立っていましたが、2006年に虚血性心疾患と診断され引退。

 

 

引退後はモンゴル民主党から議員総選挙に出馬し、トップ当選を果たします。
その後モンゴル民主党は2012年に政権を奪取しますが、旭鷲山はその選挙では落選しました。



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