スポンサードリンク

松中信彦の自宅住所は福岡?性格と過去のトラブル


現役選手の中では最後の三冠王である松中信彦選手。2004年に残した打率.358、本塁打44本、120打点という成績は今見ても素晴らしいハイクオリティなもので、2015年に山田哲人選手が残した記録をすべて上回っています。

 

 

そんな松中選手のも寄る年波には勝てず、ここ数年はほとんど出場機会に恵まれませんでした。2015年はわずか1安打、本塁打も3年連続で0に終わり、ついにソフトバンクを退団。引退するとみられていましたが、まさかの現役続行を宣言しました。

スポンサードリンク

松中信彦選手は1973年生まれの野球選手です。守備位置は主に一塁手、現役選手の中では唯一の三冠王経験者であり、生涯で350本塁打を放ったパワーヒッターです。

 

 

出身地は熊本県八代市。八代一高を経て新日鐵君津に入社し、1996年のアトランタオリンピックに選出され、全日本の4番打者として活躍します。同年のドラフトで福岡ダイエーホークスを逆指名し入団が決定、1997年よりプロ野球選手になります。プロ入り2年目までは出場機会に恵まれなかったものの、3年目となった1999年はそれまで一塁を守っていたルイス・ロペス選手の退団によりレギュラーを獲得。主に7番打者での出場ながら23本塁打を放つなど活躍します。

 

 

2000年以降は完全にレギュラーとして定着。毎年30本前後の本塁打を記録し、福岡ダイエーホークスの手法として活躍します。2004年には打率.358、本塁打44本、打点120を記録して三冠王を獲得。翌年は自己最多となる46本塁打を放ち、チームの主軸としての地位を不動のものにします。

 

 

2006年にはプロ野球選手としては史上最長となる7年契約を締結。すべて出来高契約をクリアした場合は、7年間で45億円を受け取る内容で話題となりました。その後は加齢による衰えやひざの不調から徐々に打撃成績は低下していくものの、毎年コンスタントに20本塁打前後を放つなど相変わらずチームの中心選手として活躍します。

 

 

2010年はレギュラーを陥落し267打席に終わりますが、少ない出場機会で11本塁打を放つなど一定の存在感を見せます。2011年は打撃が復活し、規定打席には届かなかったものの打率.308、12本塁打を放ちます。しかし2012年以降はけがでほとんど活躍できず、一時期は5億円にまで達していた年俸は気が付けば3500万円にまで減少。

 

 

それでも復活はならず、2015年は自己最低タイとなる9試合の出場にとどまり、長年所属した福岡ソフトバンクホークスをついに退団します。現在のところ現役続行を希望していますが、ここ数年の成績を見るにそれも厳しそうです。ここまで残した成績は352本塁打、1168打点。名球会入りの条件である2000本塁打には200本以上足りず、このままでは記録達成は難しいものとみられています。

 

 

いわゆるパワーヒッターでありながら三振が少なく、選球眼にも優れるなど打者としては一流です。守備や走塁もかつては平均以上のものがあったのですが、打者として開花して以降は膝の悪化や打撃に専念したいという以降もあり、守備に就く機会は減っています。

 

 

私生活では2000年のオフにフリーアナウンサーの林恵子さんと結婚。子供は二人いますが、そのうちの一人がネフローゼ症候群という病気にかかっているようです。病気の治療にはお金が必要で、それが現役を引退したくてもできない理由につながっているようです。

 

 

トラブルや問題行動も多く、自分の起用方法に不満を持ち優勝セレモニーに出場しなかったという過去もあります。このような性格であること、そして近年の不調を鑑みても、どこかのチームに拾われる可能性は低いといえます。そんな中で松中選手は広島カープ入りを熱望しているそうですが、広島カープのほうはあまり興味がないようです。果たして彼のプロ野球選手生活のラストはどのようなものになるのでしょうかね。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。
↓の共有ボタンをどうか押して下さい!!(土下座)
にほんブログ村 芸能ブログ 芸能熱愛・破局情報へ


スポンサードリンク

コメントを残す