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松中信彦は素行不良で性格に難あり?移籍先のオファーがない?


かつての福岡ダイエーホークス/福岡ソフトバンクホークスの主砲にして、最後の三冠王獲得経験者でもあるプロ野球界を代表する名選手、松中信彦。通算で352本塁打を記録した強打者であり、首位打者を2回獲得した好打者でもあります。

 

そんな松中信彦選手も加齢には勝てずに、2015年は一軍公式戦では打率0.67、0本塁打、1打点、というさんざんな成績で長年在籍したソフトバンクホークスを退団。現在は他球団からのオファーを待っている状況ですが、それも難しい模様です。

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松中信彦選手は1973年生まれのプロ野球選手です。身長183cm、体重97kg、ポジションは一塁手と外野手。熊本県八代市出身、社会人野球経験者でもあります。小学生のころから野球をしており、高校時代には地元の八代一高に所属していましたが、ここではそれほど目立った活躍はありませんでした。高校時代に甲子園に出場することもありませんでしたし、同年代に活躍した塩崎真らの陰に隠れた存在でした。

 

それでもアマチュアの新日鐵君津に進んでからは頭角を現し、1996年にオリンピック日本代表に選出されて全日本の4番を担うまでに成長します。オリンピック直後のドラフト会議では当時存在していた逆指名制度を使って福岡ダイエーホークスを指名、入団を果たします。

 

プロ入り1年目、2年目と低調な成績に終わりますが、3年目に素質が開花。打率は.268にとどまったものの、チーム2位となる23本塁打を放ってチームの優勝に貢献します。翌年には自身初となる3割30本100打点を達成し、早くも押しも押されもせぬ球界を代表するスラッガーとして成長します。

 

2004年自身初となる本塁打王を獲得。それと同時に首位打者、打点王も仕留め、自身初となる三冠王を達成しました。にはひざなどへの不安から指名打者として打撃に専念し、前年を上回る46本塁打を記録します。2006年のワールドベースボールクラシックでも実力にたがわぬ活躍を見せるものの、本塁打数は46から19に激減。このころからたびたび故障に泣かされるようになり、以後30本塁打を超すことは一度もありませんでした。

 

その後も長きにわたってソフトバンクホークスの主軸として活躍するものの、徐々に加齢の影響からか成績を落としていきます。2010年には12年ぶりに規定打席に到達せず、打率.235、11本塁打と低調な成績に終わります。

 

2011年は規定打席には少し届かなかったものの打率.308、11本塁打を記録して復活の予兆をにおわせましたが、その後は度重なる不振に陥ります。2013年からはほぼ一軍の試合に出場することもなく、3年連続0本塁打という不名誉な記録を作ってしまいました。

 

2015年にはソフトバンクを退団するものの、現役続行を視野に自主トレーニングを行います。12球団合同トライアウトには参加せず、獲得オファーを待ちますが、すでに42歳と高齢な松中選手に声をかける球団は今のところ現れていません。本人は支配下登録選手として移籍できなければ、現役を引退する意向を明らかにしています。

 

これだけの選手にいまだにオファーがない一番の理由はやはり高齢でしょう。以下に過去352本塁打を放っているとはいえ、ここ3年連続で0本塁打の選手を進んで取りたがる球団はないでしょう。2軍では打率.299、11本塁打、38打点それなりの成績を残していますが、2軍と1軍では球が全く違います。

 

また、自身の起用方法に不満を持ち優勝セレモニーを欠席するなど、素行は決して良くありません。野球に真摯ということもできますが、上の人間としては正直扱いづらいタイプです。育成契約は考えていないというプライドの高さもそれを表しています。

 

代打の切り札としてはまだやれないこともないかと思いますが、各球団としてはどうせなら若手のお手本となる選手が欲しいところ。残念ながら今の松中選手は、その条件には当てはまっていないようです。



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