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栃煌山のライバルは豪栄道!シャケのような相撲で鶴竜に勝てるか


幕内上位で活躍する栃煌山。ここの数年はすっかり幕内上位に定着した感がありましたが、
2014年7月場所のけが以降は以前ほど攻めに厳しさがなくなったように見えます。
終生のライバルである豪栄道は先に大関に昇進してしまいました。

 

 

栃煌山としてはこれ以上遅れを取るわけにはいきませんが、ここからの巻き返しはあるのでしょうか。

 

 

栃煌山関連リンク

栃煌山とハライチ澤部は似ている?

似てないと思います

栃煌山の生涯成績

若いころから強かった

2014年7月場所を休場

このころから少し崩れ始めています

白鵬-栃煌山戦に懸賞50本

150万円をかけた大勝負

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栃煌山は春日野部屋の大相撲力士です。1987年生まれで現在27歳、出身地は高知県安芸市です。
相撲を始めたのは小学校2年生の時、このころからすでに体は大きかったのですが、性格はおっとりしていました。
初めのうちは相撲もいやいや取っていたのですが、
稽古を重ねるうちに次第に成長していき、勝負師としての素質を育てていきます。

 

 

中学時代にはのちの豪栄道、当時は澤井少年を全中の準々決勝で破るなど堂々たる活躍を見せ、
中学横綱のタイトルを奪取。鳴り物入りで明徳義塾高校に進学します。

 

 

明徳義塾後進学後も埼玉栄高校に進んだ澤井とはライバル関係が続き、西の影山(栃煌山)、東の澤井(豪栄道)と並び称されるようになります。

 

 

高校卒業後は2005年1月に、豪栄道らとともに初土俵を踏みます。初土俵から順調に番付を上げていき、2005年11月には西三段目12枚目で全勝優勝を記録。翌場所は西幕下12枚目まで昇進します。
その後も負け越し知らずで十両に昇進、初土俵から所要10場所での十両昇進史上10位タイです。

 

 

十両も難なく3場所で通過すると新入幕となった2007年3月場所はいきなり11勝4敗で敢闘賞を受賞。大器の片りんをいきなり見せつけることになります。

 

 

その後は怪我や不調もあって一時期は前頭下位に低迷しますが、2009年5月場所には新小結に昇進。2010年3月には新関脇で11勝4敗の好成績を上げ、一気に大関を引き寄せます。

 

 

が、翌場所は東関脇で7勝8敗と負け越し。その後しばらくは三役と前頭上位を往ったり来たりする日々が続きます。

 

 

2014年1月場所から5月場所にかけては関脇の地位で30勝15敗の成績を挙げ、
大関は目前というところまで来ましたが、2014年7月場所は場所前のけがが影響しまさかの途中休場。大関とりは最初から出直しとなってしまいました。

 

 

栃煌山の取り口はもともとは押し相撲でしたが、最近は四つ相撲にシフトチェンジしてきています。
得意手は右四つですが二本差すことも多く、すっぱりと差せさえすればその後は一気の寄りで勝負を決めます。

 

 

差し方は多少変わっていて、体を左右に動かして差すのではなく、
頭を下げて下から救い上げるように差します。栃煌山は身長188㎝と比較的長身なので、
この差され方をすると相手としてはとても嫌なものです。

 

 

以前は二本さすことにこだわりすぎて叩きや引きを食うことがかったのですが、最近は無理に二本差すことをしなくなったため取り口もやや安定しました。

 

 

合口は鶴竜には16勝17敗と横綱を相手にほぼ5分の星と健闘していますが、
日馬富士は7勝15敗、白鵬に至っては1勝24敗と一方的にカモられています。

 

 

元大関の把瑠都も苦手にしており、対戦成績は2勝16敗。
2010年5月場所は立ち合いからいきなり捕まえられ、
ほとんど何も抵抗せずに釣り上げられたことから、解説者の北の富士勝昭さんから「もっと抵抗しないと、シャケじゃないんだから」と苦言を呈されました。

 

 

互いに終生のライバルと認め合う豪栄道とはプロとしての初めての本場所の相撲で対戦しています。
この時は豪栄道が下手投げで勝っています。2度目の対戦は翌場所、序二段同士でしたがこの時も豪栄道が勝っています。

 

 

その後両者が幕内に上がるまで2年以上対戦はありませんでしたが、
両者が上位に定着した後はたびたび割が組まれています。
両者ともに一歩も譲らず、今までの対戦成績は栃煌山の11勝14敗と拮抗しています。

 

 

両者にはいつまでもいいライバル関係でいてほしいものです。



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