スポンサードリンク

白鵬戦で失神する妙義龍!ダウン症って本当?


高い実力を持ちながらこのところは怪我がちでなかなか上位に戻れずにいる妙義龍
かつては関脇で2ケタ勝利を挙げるなど大関候補の一角だったのですが、
最近は幕内中位が主戦場と化しています。

 
しかしまだ28歳と老け込む歳でもないですし、一流のテクニックもあるわけですし、
まだまだ頑張ってほしいものです。

 

 

妙義龍関連リンク

妙義龍、豪栄道の大関昇進祝う

自分も追いつけるように頑張ってほしいですね

妙義龍のアンサイクロペディア

日体大の宮本という黒歴史

妙義龍Facebook

Facebookをやる力士は珍しいですね

妙義龍生涯成績

意外と休場が多いです

スポンサードリンク

妙義龍は1986年生まれの力士です。本名は宮本泰成。小学生時代からずば抜けた実力を持っていて、
高校は相撲部名門の埼玉栄高校に進学しました。

 

 

高校時代は現大関の豪栄道、当時は澤井豪太郎青年とともにチームをけん引。
団体戦では澤井が主将宮本が副主将として気を吐き、
澤井は高校横綱、宮本は準優勝を果たします。

 

 

高校卒業後、澤井は大相撲の世界に飛び込みましたが、宮本は日体大に進学。
日体大4年生だった2008年には大分国体成人個人の部で優勝し、幕下15枚目格付出しの資格を得ます。
大学卒業後は豪栄道と同じ境川部屋に入門。
当時すでに豪栄道は幕内に定着していましたが、妙義龍は幕下からのスタートとなりました。

 

 

角界入り後は順調に出世。初土俵から4場所で十両昇進を果たします。
新十両の場所も初日は十文字を押し出しで破り好発進を見せたのですが、
2日目の臥牙丸戦で膝前十字靭帯断裂という重傷を負って3日目から休場することになります。

 

 

その後は怪我がなかなか治らず休場を重ね、西三段目94枚目まで番付を下げた2010年9月場所でようやく復帰します。復帰の場所はさすがの実力を見せつけて7戦全勝、一場所で幕下復帰を果たします。
翌場所からも3場所連続で勝ち越し、2011年5月場所は再十両を果たします。

 

 

再十両の場所は4日目から9連勝するなど好調で11勝4敗の成績で優勝。
翌場所は自己最高位となる東十両3枚目で13勝2敗の成績を挙げ連続優勝を果たし、幕内昇進を決定的にします。

 

 

新入幕の場所も10勝5敗と勝ち越し幕内の土俵になじむと、
翌場所は9勝6敗で自身初となる技能賞を受賞します。
2012年5月場所、7月場所、9月場所にかけては3場所連続で技能賞を受賞します。

 

 

とくに9月場所は横綱白鵬の強烈な張り手に倒され失神するなどしたものの関脇で10勝5敗の成績を挙げて、
一気に大関とりを引きよせます。

 

 

その後も幕内上位で安定した成績を残していたのですが、
再小結となった2014年1月場所は脇腹の負傷で4日目から途中休場となってしまいます。

 

 

その後はさすがの3場所連続勝ち越しで再び関脇に戻ってきますが、
差異関脇の2014年9月場所左目網膜剥離全休
またしても番付を大きく下げてしまいます。

 

 

2015年1月場所は本来の調子ではないものの東前頭8名目の地位で9勝6敗と勝ち越し、
三役復帰を濃厚にしました。

 

 

妙義龍の取り口は低い姿勢からの押しがメインです。
長身ながら腰を落とした姿勢は様になっており、
動きも機敏で一瞬のスキをついて圧力を前にかけます。
下半身も強靭で引き叩きにも落ちにくく、時折右を差して寄ることもあります。

 

 

一方で自身も押し相撲に弱く、下から突き上げる相手にはあっけなく起こされて土俵を割ることもあります。
このあたりの守備に回ったときのもろさが払しょくされて粘り強さを得ることができれば、
大関も決してかなわない夢ではないでしょう。

 

 

2014年は同じ部屋の力士でかつての同級生でもある豪栄道が大関に昇進しました。
この事態に妙義龍が発奮しないわけはありません。
かつてのライバルにおいつき、そして追い越せるように頑張ってほしいものですね。

 

 

ちなみに、妙義龍にはなぜかダウン症の噂がありますが、
普通に考えてダウン症の人が住もうなんて激しい運動はできないので多分ガセでしょう。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。
↓の共有ボタンをどうか押して下さい!!(土下座)
にほんブログ村 芸能ブログ 芸能熱愛・破局情報へ


スポンサードリンク

コメントを残す