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稀勢の里は今場所こそ優勝できるのか


日本人大関として、また若乃花以来の日本人横綱として非常に周囲から期待されている稀勢の里。大関まで昇進したのですからその実力に間違いはないのですが、いまだに初優勝は成し遂げられていません。

 

2016年1月には長年のライバルだった琴奨菊が幕内優勝を果たし、日本人力士として10年ぶりの優勝もさらわれてしまいました。ここからの巻き返しはあるのでしょうか?

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稀勢の里は1986年生まれの大相撲力士です。茨城県牛久市出身、田子の浦部屋所属、身長187cm、体重178kg。最高は東正大関。日本人力士の有望株であり、その期待にそぐわぬ活躍をしてきてはいるのですが、悲願の初優勝にはなかなか手が届かないでいます。

 

小中学生は野球をやっており、常総学院からスカウトを受けるほどの実力だったものの、「自分はでかいだけ。野球はうまくない」という理由で角界入り。相撲経験があったわけではないものの、怒涛の勢で出世していきます。十両昇進時は17歳9か月、貴乃花に次ぐ年少2番目の記録を打ち立てます。十両もわずか3場所で通過、2004年11月場所に18歳3か月での新入幕を果たします。

 

その後はしばらく小幅な勝ち越しと負け越しを繰り返していましたが、2005年9月場所は優勝争いに最後まで絡むなど活躍し12勝3敗の成績を残し、自身初となる敢闘賞を受賞します。19歳2か月での敢闘賞は貴乃花、白鵬に次ぐ史上3位の年少記録でした。

 

2006年5月場所は上位と総当たりの東前頭筆頭の地位で8勝7敗と勝ち越し。貴乃花、北の海、白鵬に次ぐ史上4人目の未成年での三役昇進を果たします。その後はたびたび小結で勝ち越すもののなかなか関脇に昇進できない場所が続いていましたが、2009年1月場所に東小結の地位で8勝7敗と勝ち越すと、翌場所はようやく関脇に昇進。しかし翌場所は5勝10敗と大敗し、1場所で関脇から陥落してしまいます。

 

その後はしばらく平幕上位と三役を往復する日々が続いていましたが、2011年7月場所から11月場所にかけて、10勝、12勝、10勝という成績を残してようやく大関昇進を果たします。

 

大関昇進後はかなりハイレベルな成績を残しており、13勝を3回記録するなど優勝争いにもたびたび絡んでいます。大関としての勝率は歴代大関と比べてもトップクラスなのですが、白鵬の全盛期と活躍が粒かったこともあってかいまだに幕内優勝は果たせていません。

 

最も優勝争いに大きく絡んだのは2012年5月場所のことでした。この場所は前半から白鵬が不振だったこともあり、11日目時点で10勝1敗と次点とは2差をつけていました。しかし終盤負けが込み、優勝争いの同率首位で迎えた千秋楽は苦手の把瑠都をあと一歩のところまで追いつめておきながら、土俵際の上手投げで敗れて優勝を逃しました。この場所は旭天鵬と栃煌山が12勝3敗で優勝決定戦を行っており、もしここに稀勢の里が加わっていれば実力的に優勝はほぼ確実でした。

 

得意手は左四つからの寄り、左からのおっつけ、押し。投げなどはあまり見せず、基本的には直線的な相撲を取ります。その愚直さが魅力でもある反面、お世辞にも起用とは言えず、土俵際で投げを食って敗けることも少なくありません。また、同じような負け方をすることが多く、そのため進歩がないといわれることもあります。もうちょっと工夫が見られれば、横綱も夢ではないのですが……。

 

対戦成績は白鵬に13勝41敗と大きく負け越しているほか、日馬富士にも22勝34敗と負け越していますが、鶴竜に対しては29勝15敗と大きく勝ち越しています。ライバルの琴奨菊には26勝32敗とやや相性が悪いものの、豪栄道には21勝13敗、照ノ富士には5勝3敗とそれぞれ勝ち越しています。

 

引退した力士の中では把瑠都に極めて相性が悪く(6勝21敗)、左四つからの力比べで根負けして投げられるシーンがよく見られました。

 

2016年春場所も残すところあと7日。ここまで全勝できている稀勢の里の活躍に期待したいところです。



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