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誉錦が記録更新?それとも引退?


2015年5月場所で、30年ぶりにカナダ人力士が誕生しました。その名も「誉錦八十吉」。身長196cm、体重153kgの期待の大型新人です。入門から約1年後の番付は西三段目77枚目となかなか苦労しているようですが、果たしてこの誉錦、どんな人なのでしょうか。早速調べてみました。

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誉錦や1995年生まれのカナダ出身力士です。所属部屋は錦戸部屋、身長196cm、体重153kg。

 

出身地はカナダのブリティッシュコロンビア州です。同州はカナダの再生部に位置するシュウです。面積は約94万キロ平米(日本の2倍以上!)、人口は約431万人。日本と比べると人口密度的にはかなりスカスカですね。

 

同州には19世紀から20世紀にかけて白人が多数流入し、免疫を持たないインディアン社会には大打撃が与えられました。

 

その後も数多くの移民がやってきて数々の軋轢が生まれた歴史があり、インディアンと白人の中は今でも決して良好なものとはいえないようです。西側は、南はアメリカのワシントン州と接しており、州民の7割以上が英語を話します。州南部にはかつてオリンピックが開かれたバンクーバーがあり、この辺りは温暖で降水量が多く、その他の地域は比較的冷涼です。南北方向に長く多様な生態性を抱えています。

 

さて、誉錦が角界入りを果たせたのは、ハワイ出身の元大関・小錦の力添えによるものが大きかったとされています。小錦は現在は角界から離れてタレント、アーティストとして活動していますが、これを見る限りでは角界への影響力はまだ健在のようですね。

 

角界入り後はスピード出世を期待されましたが、初めて番付に名前が乗った場所は右肩の故障の影響もあってあまり振るわず、かろうじて4勝3敗での勝ち越しとなりました。しかし翌場所は小錦から指導を受けたこともあって、初日から6連勝と絶好調。13日目の7番相撲に全勝と序二段優勝を掛けて望みましたが、黒澤にもろ差しからの寄り切りで敗れて序二段優勝は惜しくも逃します。

 

翌場所は1番相撲でいきなり敗れてしまったものの、その後は安定したと陸地でまたしても6勝1杯と大勝ちし、三段目に昇進します。しかし三段目昇進後は2場所連続3勝4敗と負け越しており、直近の2016年5月場所は膝の故障で球場となってしまいました。2016年7月場所は序二段からやり直すことになりそうです。

 

誉錦の取り口は?

基本的には長い手足を活かしての突き押しが持ち味です。長いリーチを活かした突っ張りは破壊力抜群で、うまくハマれば相手を一気に土俵下に持っていく威力があります。反面、長身の外国人特有の腰高という問題も変えており、突き押しが空振って懐に入られてそのまま寄られたり投げられたりするケースも少なくありません。

同じく外国出身で強力な突き押しが持ち味で腰高という欠点を抱えている大砂嵐が初土俵からわずか7場所で十両に昇進した大砂嵐と比べると出世は若干遅く、ここからの巻き返しを図りたいところです。

 

30年前のカナダ人力士って誰?

誉錦の前に角界に入ったカナダ人力士は、古くからの相撲ファンならばおそらく名前を知っているであろう琴天山です。元レスリングのカナダジュニアチャンピオンという肩書きを持ち、1985年にルイジアナ州立大学を中退して佐渡ヶ嶽部屋に入門。序の口、序二段、三段目と3場所連続で全勝優勝を果たすという破竹のペースで出世をします。

 

しかし、相撲界の雰囲気になかなか馴染むことができず、自己最高位で迎えた1986年7月場所で通訳の女性と失踪騒動を起こし廃業。入門から一度も負けること無く相撲界を去ります。相撲界を去ったあとはプロレスに転向。元横綱で、同じく疾走して角界を去った北尾光司(双羽黒)とも対戦します。

 

その後は天龍源一郎とタッグを組むなど活躍するも、2006年に膀胱がんのため43歳で死去しています。

 

誉錦にはぜひ角界に残ってもらい、幕内で活躍してもらいたいものですが……。



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