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林マヤはアナウンサーだった?モデル時代の子供は?


個性派モデルとして1980年代~1990年代にかけて活躍した林マヤさん。
近年はタレントとして活動しているほか、女優やコメンテーターとしても活動しています。
今でこそ華々しいイメージが強い彼女ですが、以前は借金を重ねすぎたせいで猫缶を食べるほど貧しかったのだとか……。一時期はそれが原因で自殺まで考えたそうです。

 

 

いったい彼女はそんなどん底からどうやって立ち上がったのでしょうか?

 

 

林マヤさん関連リンク

公式プロフィール

脳卒中対策キャンペーンのイメージキャラクターです

公式ブログ

農業に目覚めたようです

林マヤ、自殺考えていた

ふーん

林マヤインタビュー

大変だったんですね

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まずは林マヤさんの経歴について振り返っていきましょう。
1958年生まれの56歳、就職後に偶然再会した高校時代の友人のつてでモデル事務所に入ります。
当初はかわいい系のモデルが主流だったため日本ではあまり売れず、ロンドンにわたることを決意します。

 

 

が、その軽油先のパリのカフェで偶然世界的に有名なカメラマンピーター・リンドバーグと出会い、日本人としては初めてファッション誌「マリ・クレール」に登場します。
その後はパリで長期間にわたり活躍。

 

 

その後1996年に日本に帰国。当時すでに38歳でしたが、CMに出演するなどして徐々にモデルとしての知名度を上げて、ananのトップモデルとして活躍します。
一時期過剰なダイエットで体調を崩したもののその後回復、現在は運動を取り入れた健康的なダイエットと食生活の改善で、50代とは思えないプロポーションを維持しています。

 

 

現在は茨城県守谷市に引っ越し、自ら野菜を栽培しています。

 

 

こうしてみると一見順風満帆な人生を歩んでいるように見えますが、
実は過去には1億円以上の借金を背負っていたこともあります。
20代の林マヤさんはトップモデルであり、数週間で数千万円を稼ぎ出す人でした。
1万円札が小銭と思えるようなほどの稼ぎっぷりで、当時は財布の中にお金がどのくらいあるのかなんて気にも留めなかったそうです。

 

 

が、林さんはそのお金を自分への投資で散財。
自分での投資といえば聞こえがいいですが、その実態は70万円のベッドをひと晩だけ使って買い替えたり、日本でも買えるアクセサリーを買うために渡米したりするなどで、要は無駄遣いでした。

 

 

こうした無駄遣いに加え、1991年にはジャズ歌手としてデビュー。
プロモーションビデオの制作やライブ会場代などをすべて自腹で用意したもののまったくといっていいほど売れず、次第にモデルとしての収入も少なくなり、気が付けば1億円の借金だけが残りました。

 

 

しまいには水道もガスも電気も止められ、食事は猫缶で済ませることもあったとか。
その後は借金を返すためにアルバイトを開始。チラシのポスティング、弁当屋のバイトなどをこなし、さらにはモデル時代の経験を活かしてタレントとしても活動。

 

 

なんとか1億円を返済して林マヤさんが得た教訓は「お金は借りない」という当たり前のものでした。

 

 

いやあ、お金というのはつくづく人を狂わせる存在ですね。
もちろんお金は魅力的なものですし、お金がなければできないこともたくさんありますが、
人間がお金に取りつかれるようになってしまったらおしまいだと改めて思いました。

 

 

現在は茨城県守谷市で野菜を作って、自給自足の生活を送る傍ら、モデルとしても活動しています。

私生活ではパリ時代に1回結婚していますが、その後離婚しています。
その後別の男性と再婚していますが、子供はいない模様です。

 

 

ちなみに、林マヤさんをアナウンサーだと勘違いされている方がいますが、これは間違いです。
おそらく読売テレビの女性アナウンサー、林マオさんと混同されているのかと思います。
ちなみに林マヤさんと林マオさんの間に血縁関係はありません。

 

 

というか、林マヤさんの本名は大内理枝なので、そもそも名字すら違います。



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