スポンサードリンク

中尾彬って現在何をしてるの?元嫁と池波志乃の子供は?


ねじねじのマフラーと、魅力的な低音ボイスが特徴の中尾彬さん。最近は以前ほどテレビで見かけなくなってしまいましたが、それでも時々ドラマやバラエティ番組などに出演しています。最近は加齢や病気などもあってあまりハードな仕事はされていないようですが、ではその空いた時間で一体何をされているのでしょうか?

スポンサードリンク

中尾彬さんは1942年生まれの俳優、タレントです。千葉県木更津市出身、身長175cm、血液型はO型、古館プロジェクト所属。

 

1958年に地元の木更津第一高等学校に進学し、在学中には油絵の「石の花」が千葉県美術展に入選するなど絵の才能を発揮。1961年には武蔵野美術大学に進学します。しかしその後日活ニューフェイスに合格し、いったんは役者を目指し絵の道は断念。再び絵の道を捨てきれずに大学を中退しフランスに留学しますが、結局演劇の道で生きていくことを選びます。

 

1964年に日活映画「月曜日のユカ」に出演して期待の若手俳優として注目されて、日活を離れて以降も多くの映画やドラマに出演します。売れっ子俳優となって以降はバラエティ番組にもたびたび出演し、その飾らないキャラクターで人気を集めています。

 

なぜねじねじのマフラーをしているのか

中尾彬さんはもともとネクタイが嫌いで、私生活およびバラエティ番組に出演するときにはネクタイを付けることはほぼありません。代わりに愛用しているのがマフラーで、特徴的なぐるぐる巻きから奥さんの池波志乃さんには「ねじねじ」と呼ばれているとか。

 

このルーツは1990年代に海外ロケ中に飛行機の中でイライラしながらマフラーをよじっているとほどけなくなってしまい、それを放置していたら同乗していた神田正輝さんに「おしゃれだな」とほめられ、それに気をよくしたことがきっかけと言われています。今や愛用しているマフラーは300本以上に及び、春夏秋冬いつでも身に着けるほど。葬儀にもネクタイを付けることはなく、黒のマフラーで現れるのだとか。大御所花見行列でもマフラーは決して手放しませんでした。

 

趣味と特技

特技は油絵。以前は画家を目指していたということもあってその技術はさすがの一言です。今でも定期的に個展を開催しており、沖縄のアトリエで捜索活動を行っています。

 

趣味は食べることで、若いころはもらったギャラの多くを食べ歩きに費やしていたとか。食に対する興味は年を取ってから衰えるどころかますます強くなり、55歳からは食日記をつけるようになりました。高級店でもB級店でもうまいものはうまいがモットーであり、最近は店構えだけでその店の良しあしがわかるようになったのだとか……。ちなみに、好物は「ガリガリ君」と「ハッピーターン」だそうです。中尾鍋という白菜と豚バラを提案した鍋料理の開祖(?)でもあります。

 

もう一つの趣味は万年筆。これまでに約50本を集めており、その中でも最も高いのは56万円もしたそうです。2007年に病気になり、退院した時には島田紳助さんから退院祝いで万年筆をもらっています。

 

家族と元嫁

1970年に28歳で女優の茅島成美さんと結婚しており、一男をもうけましたが、その後池波志乃さんとの不倫がきっかけで1975年に離婚。1978年に池波志乃さんと再婚しており、夫婦生活は現在も続いています。息子さんは中尾学さんという方で、一時期は俳優活動もされていましたが、現在はグラフィックデザイナーです。

 

病気と現在

中尾彬さんは2007年に「横紋筋融解症」という病気で入院しました。これは骨格周りの横紋筋の細胞が溶け出し、血液中に流出する病気で、当時の医師からは生存率20%と言われたとか。幸い大事には至らず退院したのですが、これをきっかけにタバコやお酒は控えるようになったとか。

 

現在は以前のような大変な仕事はあまり入れていないようで、ドラマや映画への出演機会も減りました。のんびりと余生を楽しみながら、時折仕事もされているとのことで、理想的でうらやましい限りです。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。
↓の共有ボタンをどうか押して下さい!!(土下座)
にほんブログ村 芸能ブログ 芸能熱愛・破局情報へ


スポンサードリンク

コメントを残す