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丘みつ子が箱根山で大ピンチに!?


1970年代から1980年代にかけて活躍した女優の丘みつ子さん。1980年代には多くのドラマで母親役を演じ、日本のお母さんと呼ばれるほどでした。最近は女優としての仕事量をお幅に減らし、箱根で陶芸家として活躍されています。

 

 

田舎で平穏な暮らしを手に入れた丘みつ子さんですが、そんな彼女を突然襲ったのが箱根山の噴火。自宅のビニールハウスには火山灰が積もり、自宅まで硫黄のにおいがしてくるそうですが、そんな中でも箱根を彼女が離れようとない理由は何なのでしょうか。

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丘みつ子さんは1948年生まれの女優、陶芸家です。ホリプロブッキングエージェンシー所属で、現在は神奈川県の箱根町に住んでいます。

 

 

デビューしたのは1960年代後半のこと。三浦海岸の海水浴場で行われたミス人魚コンテストで優勝して、モデルとしてデビューします。1968年に日活に入社し、1970年代から1980年代にかけてテレビドラマで活躍します。
代表作は1980年の「池中玄太80キロ」。この作品で池中玄太の妻を務めた丘みつ子さんには「日本のお母さん」のイメージが定着していきました。

 

 

私生活ではパイロットだった男性の方と結婚されています。お子さんがいるかどうかなどは不明ですが、情報がないので多分いないのではないかと思います。

 

 

現在は箱根に家を構えています。もともと丘みつ子さんは箱根の生まれで、30年ほど前から箱根にセカンドハウスを構えていました。その後次第に箱根にウェイトを置くようになり、20年ほど前には完全に箱根に引っ越しました。
自宅の広さはなんと905坪なのだとか。いかに土地の安い地方と言えども905坪というのはすごいですね。さすがに稼いでいます。これだけ土地があったら身も心も余裕が生まれそうですよね。

 

 

話は変わりますが、若いころからマラソンをやっており、ホノルルマラソンやトライアスロンに挑戦したこともあります。

 

 

そのおかげで健康的なイメージがある女優さんでしたが、実は20代のころからある病気に悩まされていました。それは拒食症。20代のころの丘みつ子さんは、仕事がとても忙しく、そのことがストレスとなって拒食症を発症してしまったみたいですね。あのスレンダーな体形も拒食症によって作られたものだったのだとか。

 

 

女優さんやモデルさんは拒食症を発症しやすいですね。やっぱり人に見られ続けている、きれいでなければならないというストレスが拒食につながることが多いのでしょうか。なんにせよ拒食症は一人で治せる病気ではないので、もしこれをお読みの方の中に拒食症で悩んでいる方がいたら、早く病院に行ってくださいね。

 

 

箱根で暮らし始めた理由には、都会の喧騒から離れて静かな場所で療養を行いたいという思いもあったようです。
それが功を奏したのか、現在は健康に暮らされているようです。箱根は環境もいいですし、それが丘みつ子さんのこころをいやしたのでしょうね。現在は畑仕事や陶芸にも精を出しているようです。

 

 

そんな丘みつ子さんでしたが、2015年の箱根山の噴火の影響をもろに受けることになってしまいました。
丘みつ子さんが暮らす自宅は噴火した箱根山のすぐ近くにあり、家には火山灰が飛んできたようです。
それでも今のところ避難するつもりはないそうです。

 

 

日本は地震大国であると同時に火山大国でもあります。どこに住んでいても火山の噴火と無縁ではいられません。
丘みつ子さんもそのことについては重々承知であり、リスクを受け入れたうえで箱根で暮らし続ける道を選ばれたそうです。

 

 

自然と人間の共生というのは本当に難しいですよね。自然は我々に恵みをもたらしてくれるだけの存在ではないということを忘れてはいけないですね。

 

 

幸い今は箱根山も小休止をしているようですが、今後どうなるかは誰にも予測がつきません。できることならばもうしばらくは目覚めずに寝続けていてほしいものですが……。



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