スポンサードリンク

増田恵子には夫や子供がいるの?メニエール病ってどんな病気?


増田恵子さん。20世紀の日本歌謡会を代表するピンク・レディーの片割れです。
ピンクレディー解散後はタレント活動も縮小されていたようですが、
最近は再びメディアへの露出を増やしているようです。
かつて一世を風靡し、今も芸能界の全線で活躍する増田恵子さんの半生を追っていきましょう。

 

 

増田恵子さん関連リンク

公式ウェブサイト

ニューアルバム「愛唱歌」好評発売中!

ピンクレディーはあの人気男性歌手と付き合っていた?

ハウスバーモンドカレー

6年ぶりのソロアルバムに「手応え」

復活はあるのでしょうか

33年ぶりの握手会

33年前の握手会はけが人が出るほどでしたが

スポンサードリンク

増田恵子さんは1957年生まれ、現在は57歳です。
1972年、中学生の時に相方の未唯さんと出会い、高校は常葉高校(現常葉学園高校)に未唯さんとともに入学します。

 

 

高校卒業後の1976年に伝説のピンク・レディーを結成します。
ピンク・レディーの活動自体は1981年までと意外と短かったのですが、
わずか5年間の活動期間の間に様々な伝説を残します。

 

 

特に人気絶頂期の「渚のシンドバット」はミリオンセラーとなり、
日本中がピンク・レディーブームに揺れました。
サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバット」のタイトルはここからきています。

 

 

その直後に出された「UFO」「サウスポー」も連続でミリオンセラーを記録しますが、
その直後アメリカデビューを果たしたあたりから雲行きが怪しくなります。
アメリカンドリームを追うあまりに日本市場に対するケアがおろそかになってしまい、
ピンク・レディーの国内人気波及効果。おまけにアメリカでも大した結果を残せず、
二兎を追うもの一兎をも得ず状態になってしまいました。

 

 

まるで大リーグに挑戦して全く結果が出ず、帰ってきた日本球界でも録に使われていない某野球選手を見ているようで涙が出てきますね。

 

 

その後二人はまもなく解散を発表。増田さんは芸能活動を大幅に縮小します。
ソロ歌手としてのデビュー曲「すずめ」は26.7万枚とそこそこヒットしましたが、
かつてミリオンセラーを連発していたピンクレディー時代と比べると活躍は控えめでした。

 

 

1986年ごろから芸能活動はほど停止していたのですが、1989年に突如フランスデビュー。
2001年以降は舞台や声優として活動し、ピンク・レディーも再結成するなど再び芸能活動を本格的に行うようになりました。

 

 

絶頂期の人気

ピンク・レディーの人気を示すエピソードにこんなものがあります。
当時はアイドルのブロマイドもバンバン飛ぶように売れる時代でしたが、
ピンク・レディーの写真は山口百恵さんなど、当時のほかのアイドルと比べると地味なもので、スタジオできちんと撮影したものよりもテレビ局の廊下などで撮られたものが多かったのです。

 

 

理由は簡単で、当時のピンク・レディーは多忙すぎてスタジオで写真を撮る暇がなかったからです。片手間で撮影した写真が売れてしまうのですから、何とも余裕のある時代です。

 

 

増田恵子さんの家族

増田さんは2002年に音響会社の社長さんと結婚されています。
の名前などは不明です。子供は今のところいないようで、
増田さんの年齢を考えると今後も子供はおそらくできない可能性が大です。

 

 

増田恵子さんの闘病生活

増田さんは2010年にメニエール病を発症しています。
メニエール病はストレスなどが引き金で起こる病気で、
周囲が回って見えるようなめまいが特徴的な症状です。
その他、耳の閉塞感や圧迫感、耳鳴り、難聴などが現れることもあります。

 

 

症状は比較的短期間で落ち着きますが、繰り返し発作を起こしているうちに難聴や耳鳴りが悪化することも少なくないため、早めに治療を行う必要があります。

 

 

基本的には鬱傾向のある人や不安の強い人がなりやすい病気です。
増田さんはちょうどこの時期本格的に迎香活動を再開させており、
それがうまくいくのかという不安が引き金になった可能性が大です。

 

 

幸い増田さんの症状は比較的軽く、今では芸能活動を再開させられるぐらいには軽快していますが、皆さんも気をつけてくださいね。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。
↓の共有ボタンをどうか押して下さい!!(土下座)
にほんブログ村 芸能ブログ 芸能熱愛・破局情報へ


スポンサードリンク

コメントを残す