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米村でんじろうの息子ってどんな人?3浪したって本当?本名は?


近年、子供たちの理系科目離れが進んでいるといわれています。
そもそも大人も大して理系科目に詳しくない気もしますが、今回はそれはおいておきましょう。
理系科目離れは日本の国際的な競争力を下げるということで政府も懸念しているようですが、
そんな傾向に歯止めをかけるかもしれないのが米村でんじろう先生(本名:米村 傳治郎、読み方同じ)です。

 

 米村でんじろうさん関連リンク

科学の楽しさの伝道師としても知られる米村でんじろう先生ですが、
実は学生時代は理科がきらいだったことをご存じでしたでしょうか?

でんじろう先生に学ぶ「流れに逆らわない生き方」

無理しないことも時には大切

サイエンスプロダクション公式HP

楽しい実験がたくさん!

家庭でできる科学実験シリーズ

夏の自由研究にもお勧め

笑っていいとも出演時の動画

最早懐かしい番組ですね

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米村でんじろう先生はもともとは理科が大嫌いだったそうです。
むしろその時の経験が人々に科学の楽しさを伝えるきっかけとなったそうです。

 

 

このあたりの心の動きを見るに、本当は最初から理科が好きだったのではないかと思います。本当に理科が嫌いだったら、社会人になった後も理科と関わろうなどとは思わないはずですし。
理科が嫌いだったんじゃなくて、学校の理科が嫌いだったというべきでしょうね。

 

 

また、学生時代は決して優秀な生徒ではなく、大学受験に3郎した経験があります。
父親が事故死しており、母親から国立でなければ生かせないというプレッシャーをかけられていたそうですが、そのプレッシャーから受験失敗を繰り返してしまいます。

 

 

浪人時にはほとんど引きこもりだったそうですが、
口上でバイトを始めるなどして少しずつそこから脱却。
苦手だった英語も少しずつ理解できるようになり、ようやく東京学芸大学教育学部に合格しました。

 

 

大学卒業は自由学園に勤務します。そこでは理科の教師として人気をはせますが、
都立高校に移った後は実験を重視するでんじろう先生と成績アップという実績がほしい高校側が対立。実験で教えたいことが教えられなくなってしまったでんじろう先生は都立高校を退職し、サイエンスプロデューサーという肩書を得て再出発を果たします。

 

 

こうしてみると実に遅咲きの人なんですね。3浪、仕事での挫折と決して順調な人生を歩んでいたわけでもありません。そのあたりの酸いも甘いも経験した雰囲気が、
視聴者の共感を呼んでいるのかもしれません。

 

 

さて、米村でんじろう先生といえばその数々のユニークな実験が有名です。
数ある実験の中でももっとも有名なのが、微量な電気ショックを流すというもの。
もちろん人体には影響はありませんが、米村先生自身はこの電気ショックは苦手だとか。

 

 

まあ、あまりビリビリしたのが好きな人はいないでしょうね。

 

 

米村でんじろう先生といえば年収も気になります。
もちろん年収は公開されていませんが、おそらく今の人気を見る限り、
一回の都立高校教師時代よりはもらっていることは間違いないでしょう。
ただし、たくさんギャラがもらえているからと言って必ずしも安泰かというとそんなことはありません。

 

 

都立高校教師というのは非常に安定した身分です。
一方、サイエンスプロデューサーは肩書こそ物々しいですが要するに単なるフリーランスです。

 

 

フリーランスの人間は正社員と比べて大体1.5倍の収入を確保して、はじめて正社員と同等の生活が出来るといわれています。
それだけ正社員というのは手厚く守られた存在であり、
言い換えればフリーランスの人間が裸一貫でやっているということです。

 

 

米村先生を見ていると「芸は身を助く」という言葉がよく似合いますね。
何の背景もなく自身のやっている実験だけで今の地位を確立した姿は、
同じフリーで働く立場の人間として見習いたいと思います。

 

 

ちなみに、でんじろう先生の家族構成などはよくわかっていません。
息子さんがいるという情報もありましたが、有力な手がかりもないので何とも言えませんでした。有力な情報が見つかり次第、追加したいと思います。



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