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SMAP解散危機が本当に……2016年、草なぎ剛はどうする?


いきなりすごいニュースが飛び込んできました。あの国民的に人気アイドルグループ、SMAP解散するそうです。木村拓哉さん以外のメンバーは事務所から独立し、木村さんのみが事務所に残るようです。いったいなぜ今の時期になって解散に動いたのでしょうか。

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SMAP解散の引き金となったのは、一人の女性マネージャーが原因といわれています。SMAP育ての親といわれている彼女が、2016年2月をもって事務所を退職することになったのです。それに伴い、彼女を慕っているSMAPのメンバーたちが次々と退社を示唆し、残留を希望した木村拓哉さんと折り合いがつかず、解散を決意したのだとか。

 

 

今でこそ押しも押されもしない超人気アイドルユニットのSMAPですが、その船出は決して順調なものではありませんでした。デビューこそ大々的に扱われたもののその後はあまりぱっとせず、伸び悩む日々が続いていました。そんな時期を支えていたのがこの女性マネージャーなのです。

 

 

彼女はSMAPを国民的アイドルにするために東奔西走。当時のアイドルとしては異例だった本格的なコント番組の仕事なども積極的に請け負い、彼らをスターダムへと押し上げました。彼らがブレイクした後もその活躍を陰ながら支えたのは、他でもない彼女だったのです。

 

 

しかし、そんな女性マネージャーが2016年2月をもってジャニーズ事務所の子会社の取り締まり役を辞任。同事務所を退社し、独立することを決意します。

 

 

女性マネージャーの退職に伴い、SMAPのメンバーは話し合いを重ねます。中居正広さん、稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんは、「今の自分があるのは何より女性マネージャーのおかげ。彼女が独立するのならばそれについていきたい」と退社を希望したのに対して、木村拓哉さんはただ一人「事務所と明確な軋轢があるわけではないのに、退社することはできない」と残留の意思を示していまんす。両者の間の溝は相当なもので、ここからまとまった結論を出すのは難しそうです。

 

 

ただ、木村拓哉さんの意思は相当硬いのに対して、残りの4人はまだ退社に迷いがあるのが現状のようです。まあ、20年以上所属していた事務所をいきなり辞めるのは並大抵のことではないでしょうね。そのため、今後の話し合いによっては全員が残る可能性も無きにしも非ずだそうです。相当難しいとは思いますが……。

 

 

SMAPという名前は現事務所社長のジャニー北川さんが命名したものなので、もし解散ということになった場合グループ名を使うのは難しいと思われます。いったいどうなるのか、注目せざるを得ませんね。

 

 

SMAP栄光の軌跡

1991年1月1日に日本武道館でコンサートを実施。同年9月に「Can’t Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。
1992年4月、「夢がMORIMORI」にレギュラー出演を開始。アイドルとしては珍しく、本格的なコントに取り組む。
1994年、シングル「Hey Hey おおきに毎度あり」で自身初となるオリコン1位を獲得。最終的に40万枚を売り上げる。
1994年、シングル「がんばりましょう」をリリース。自身最高となるシングル売上72万枚を達成。
1995年、「24時間テレビ 「愛は地球を救う」の番組パーソナリティーを務める。
1996年、今も続く人気バラエティ番組「SMAP×SMAP」が放送開始。
1996年、メンバーの森且行さんが脱退。6人から5人体制になる。
1998年、シングル「夜空ノムコウ」が大ヒット。自身初となるミリオンセラーを記録、売り上げは162万本(日本音楽史上64位)
2003年、シングル「世界に一つだけの花」が大ヒット。売り上げは258万本、日本音楽史上9位。
2010年、上海文化センターでファン感謝イベントが企画されるも、あまりの人気に混乱が忌避され中止。
2014年、SMAP初となるライブのBDが発売される。



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